サドベリースクールは子どもたちの選択肢を無限にひろげる

西宮サドベリースクール・スタッフ 倉谷 明伸

 

  従来の学校以外の学びの選択肢を選ぼうとする子どもたち・親にとって、最初に不安を持つのは、「従来の学校以外のスクールを選ぶことで子どもたちの将来の選択肢を狭めてしまうのではないか?」ということです。

 

 僕は中・高校を皆勤賞で卒業し、4年生大学を経て一般企業に就職しました。そんな「日本では当たり前の道」を歩んできた僕が、サドベリーモデルのスクールのスタッフを始めて9年が経とうとしています。
  そして感じることは、この不安とは全く逆に「サドベリースクールは子どもたちの選択肢を無限にひろげる」学校だということです。
  これから、いくつかの角度でそれを見ていきたいと思います。

 

 まず、学びについて。
  サドベリースクールでは毎日、ありとあらゆる、様々な学びが繰り広げられています。これは大人が一方的に決めたものではなく、子どもたちがそれぞれに自分が今いちばん興味のあるものを自ら学んでいくというスタイルです。そして、子どもたちは成長していく中で、自分の将来を考え、それに必要なものをスクールで学んでいくようになります。もちろん、人間の成長なので、最初に思い描いたとおりに自分の将来が進むわけではなく、途中で興味が変化したり、挫折したりして、試行錯誤しながら、それでもその時々に自分に必要と思うものを学び、スクールはこれをサポートしていきます。
  このように、サドベリースクールでは学びと子どもたちの将来が結びつきながら動いています。子どもたちの将来の選択肢の数だけ学びの種類があり、子どもたちが自分のなりたいものになるための最短ルートがここに存在するのです。

 

 これに対して、従来の学校システムはどうでしょうか?
  よく、従来の学校は「子どもたちの将来の選択肢を広げるためにいろいろな教科を学ぶ」と言われます。確かに従来の学校システムが作られた100年前は、子どもたちが就く職業も少なかったので、子どもたちに必要な知識やスキルは限定されていました。そのころは学校で学ぶ知識がそのまま社会の中で役に立っていたのです。
  しかし、現在ではそれが一変しています。社会は成長し、職業の選択肢は爆発的に増え、多岐にわたるようになりました。そんな中でも従来の学校が与える知識は画一的なので、学校で身につけた知識・スキルが子どもたちの将来の選択肢を広げることには無理が出てきています。これを読んでいるのが大人の方なら、自分が従来の学校で身につけた知識の何パーセントを社会の中で使っていますか? 

 

 これだけ多様な生き方が可能になった時代には、それぞれの子どもたちのニーズに合った多様な学び方が行える必要があります。その子がどんな人生を歩み、どんなことに興味を持ち、どんなことに素質があり、どんな人になっていきたいのか。それは、大人が想像できる時代ではないのです。子どもたちが一人一人が、自分の責任の中で、自由に自分に必要な学びを行っていける環境こそが大切なのでと思います。

 

 音楽家になりたい子は、自分の気が済むまで、音楽を学ぶことに時間を使っていけばいいでしょう。プログラマーになりたい子は、もっと多くの時間をパソコンとともに過ごす方が自分の将来が実現されて行くでしょう。これはとてもシンプルなことです。
  そして、みなさんが心配されるほど、ひとつのことに打ち込んだからといって知識の偏った人間は生まれません。子どもたちの成長とは、自然とバランスを取るものですし、ひとつのことをとことん追求すればするほど、周りのいろいろな知識を得ていく必要があるからです。
  もちろん、自分のなりたいものが見つかっていない子どもたちは、スクールのありったけの時間を使って、自分の将来について考えていく時間が保証されています。

 

 次に、子どもたちが出ていく社会とサドベリースクールのつながりについて見てみましょう。
  サドベリースクールは、異年齢で集団を形成し、スクールの問題は子どもたち自身で話し合い、解決していきます。これは現在の社会の仕組みをそのままスクールに持ち込んでいる形となります。子どもたちは、スクールの中でいろいろな失敗をし、試行錯誤をし、いろいろな経験をした上で、社会へ育っていきます。そして、そのスクールでの経験は、そのまま社会の中でも生かされていくのです。
  逆に、「実社会に近い形を取って、社会に出る学習をする」とされている従来の学校システムは、同年齢で集団を組み、何か問題があれば先生がすべて解決してしまいます。これでは、子どもたちが社会に出てからの経験になることはありません。
  サドベリースクールは従来の学校システムに比べ、より社会性を学ぶことのできる場なのです。

 

 サドベリースクールで子どもたちが身につけていく、「自分の意見をきっちりと持ち、それを主張していける」スキル。これも社会の中ではとても大きな意味を持つこととなります。
  スクールを見た人の多くが、「自己主張は日本の社会に合わないのではないか?」という心配をされます。確かに、奥ゆかしい民族性を持つ日本人からすると、自己主張は方向性の違うもののように感じられるのですが、サドベリースクールで身につく自己主張は民族性を越えて必要なスキルなのです。
  子どもたちの行っているスクールミーティングでは、全く価値観の違うメンバーが自分たちの意見を持っています。また中にはとても古く固い考え方だったり、幼稚な考え方を展開するメンバーもいます。この環境では、それぞれが自分の意見を主張しているだけでは話は全く平行線のままです。子どもたちは自分の意見をきっちり丁寧に説明しながらも、それとは全く違う他の人の意見も聞き、最終的にスクールとしての最善のジャッジを行っていく必要があります。
  この経験を何度となく繰り返していく中で、子どもたちは、自分の意見をきっちり持ちながらも、全く違う意見についても耳を傾けることのできるスキルを身につけていくのです。
  このスキルは日本の社会でも十分に通用するものだと思っています。また、これからのグローバル社会の中で、世界で日本人が活躍していく上では、このスキルはなくてはならないものと感じます。

 

 さいごに。
  なぜ、サドベリースクールが「子どもたちの選択肢を無限にひろげる」学校となり得たのか。これは、サドベリースクールの理念やシステムが大人の一方的な価値観の押しつけではなく、時代に自然な形で立ち、子どもたちの視点で作られたものだからだと感じます。
  これはスタッフをやっている僕にとって大きな魅力であり、子どもたちの学びの様々なところで、子どもたちの可能性を無限のひろげていく大きな種となっているのです。

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