Sudbury Schools インタビュー

学 び

○ケリー・サピーア(生徒 14歳 エルサレム・デモクラティック・スクール)

 学びとは何かについては人によっていろいろな考えがあるんだけど、そういうことを普通の人が理解するのは難しいわ。わたしは、教室で席に着いて数学や読み書きや文学なんかを習うことが学びだとは思わない。それはすべてを台無しにする思い違いだわ。そんな考えを持っているかぎりは、小さな女の子がかわいい人や動物の絵の描き方を教えてくれるときに私は何かを学んでいるということが理解できない。私は微分積分を習わなかったけど、もっと上手に絵を書く方法を教わったの。

 

○セス・サドフスキー (卒業生 サドベリー・バレー・スクール)

 自分がまだやり方が分かってないことを何度もトライしたら、人はそこから何か学んでいるよ。

 

○デヴィッド・シュナイダー−ジョセフ(卒業生 グリーンウッド・サドベリー・スクール)

 学びっていうのは、意図的に学習活動を行うことで起こることではないんだ。学びはその人にとって楽しいことをしていたら偶然起こってしまうものなんだよ。

 

○アンソニー・ビューリク(スタッフ ディアブロ・バレー・スクール)

 学びのプロセスはとても複雑だ。もう読み方を知っている3才の子もいれば、11才になってやっと読み方を身につける子もいる。人はみなそれぞれ違ったやり方で学ぶというのは人間の驚くべき側面だよ。

 

○セス・サドフスキー (卒業生 サドベリー・バレー・スクール)

 子どもたちは思い描けるならどんな方法でも学ぶし、それまで思いもつかなかったいろいろなやり方で学ぶんだ。

 

○レギーナ(生徒 20才 ブルービン・サドベリー・デモクラティック・センター・オブ・ラーニング)

 人はいろいろな方法で学ぶわ。今日はこれを学んで、明日はこれを学ぶ、というようにはっきりと分けることはできない。でも少しずつたくさんのピースがつながっていくの。人は毎日少しだけ学んで、結果としてどんどん大きくなっていくの。

 

○デヴィッド・シュナイダー−ジョセフ(卒業生 グリーンウッド・サドベリー・スクール)

 それが人がたくさんのことを学ぶことができる環境なんだ。

 

○アンソニー・ビューリク(スタッフ ディアブロ・バレー・スクール)

 僕が思うに、デモクラティックスクールに通う子どもは、大人の経験に抗わなければならない。大人はみんな伝統的な学校に通った経験があって、一年生で読み方を習って本を読むようになる。三年生になれば分数や小数点を学び始める。高校に行くと世界のさまざまな地域の文学について学ぶ。大人たちのそういう経験にデモクラティックスクールの子どもやスタッフは抗わなければならないんだ。大人は、子どもは一定の決められた内容を一定の期間に学ばなければならないと考えているんだけど、そういう教育の理解の仕方に対し僕たちは抵抗しているんだ。

 

○マイケル・サピーア(生徒 16歳 エルサレム・デモクラティック・スクール)

 人は実際の生活から一番たくさんのことを学ぶんだ。意味ある活動から意味あることを学ぶんだよ。

 

○デヴィッド・シュナイダー−ジョセフ(卒業生 グリーンウッド・サドベリー・スクール)

 そういう場所でこそより多くのことが学べるんだ。

 

○ロミー・ピットマン(スタッフ フェアヘイヴン・スクール)

 子どもたちは生活の中で学べることを幅広く学んでいるわ。パブリックスクールで教えられているようなほんの少しの情報からたくさんのことを学べるかしら?学べる子もいるけど、学べない子だっている。でも人が人生で成功して役に立つ人間になるためには、あらゆる事柄がもつ広い側面を見る必要がある。そこで人は一瞬一瞬つねに学ぶの。

 

○セス・サドフスキー (卒業生 サドベリー・バレー・スクール)

 結果が出るように学校の教科の勉強を教えることはたしかにできるよ。でもそれは、多大な労力をかけて、しかものろのろやってそうなんだ。でも人が本当に何かを学ぶには、自分でそれを学びたいって思わなきゃだめだし、自分からトライしなければならない。

 

○ベン・シェパード(17才 ブルービン・サドベリー・デモクラティック・センター・オブ・ラーニング)

 興味があることなら、たくさんのことが学べるよ。先生が数学や他のことを勉強するように命令するよりもね。もし僕がずっと数学の授業で椅子に座っていたら、テストを受けて、パスして、そして忘れているよ。それってみんなそうだよね。みんなテストのために勉強しているだけなんだ。

 

○アンソニー・ビューリク(スタッフ ディアブロ・バレー・スクール)

 伝統的な学問は教育の一つに過ぎないよね。世の中の人は伝統的な学問は学ぶべきもので、その他のことは瑣末なことだと思っているんだ。子どもたちが学校に通っている理由はそれだけだよ。

 

 デモクラティックスクールの子どもたちは違ったアプローチを取るんだ。彼らだって、伝統的な学問が重要じゃないとは言わない。でも、伝統的な学問はたしかに教育の一部だけれど、伝統的な学問が上にあるわけではないし、その他のことが下にあるわけでもない。僕が言いたいのは、実際にしていることと伝統的な学問は統合しなければならないということだ。

 

○ ゲール・フリードマン(スタッフ フェアヘイブン・スクール)

 何かを得たければ何かを諦めなければならないって誰でも自分の親に言われたと思うわ。伝統的な学問を学ぶのなら、自分が興味のあることはできなくなるようにね。それをめぐって親と子どもはずっと激しく話し合うし、それを通して子どもたちは自分の考えをはっきりさせて主張して、責任をとることを学ぶようになる。

 

 わたしは子どもみんなが既存の学校を出て行くべきだと言いたいんじゃないわ。でも人生を通して決断を下していく中でその人を支えて行ってくれるものはたくさんあるわ。自尊心を大切にして社会の中で人と関わりながら生きて行くことは人が人生の中で駆使していくスキルだし、その人が人生で達成したいことを助けてくれる。

 

○アンソニー・ビューリク(スタッフ ディアブロ・バレー・スクール)

 どの子も自分の中で学問的なこととその他のことの間のバランスを見つけなければならない。学問的なことに興味を持つ子もいれば、他のことをする子もいる。でも子どもが自分の中でそのバランスを見つけることができる環境にいることで、その子は人生の中で学びをしていくことになるんだ。

 

○マイケル・サピーア(生徒 16歳 エルサレム・デモクラティック・スクール)

 代数を知らなくても、それに興味を持たないなら、それはその人が代数を必要としたことがないからだよ。もし自分が持ってないスキルや知識を必要とすることにぶちあたったら、そのときに学べば上手くいくんだ。既存の学校にいたら、そんなこと分からないだろうけど。「最悪。来年習うだろうしそれまで待とう」なんて言ってね。

 

 

Q: 「興味があればいろんなことを学ぶことができる」って言う人もいるよね。でも、たとえ興味が湧かなくても、人には学ぶべき大切なことがあるんじゃないのかな?

 

○マイケル・サピーア(生徒 16歳 エルサレム・デモクラティック・スクール)

 本当に重要なことなら人はそれを絶対に必要するって僕たちは信じている。あることをしていいかどうか知るために法律のことを正確に知りたいと思っているときは、ちゃんとその法律を理解できるよ。そういうときは「あぁ、読み方が分からない」ってなっても、誰か読んでくれる人を見つけるだろうし。でも最終的には、自分は読み方が分からないという事実に直面している人も本当は読みたいと思っているんだ。そして本当に読みたいなら、その人は読み方を習うようになる。もしそれなしではやって行けないような基本的で重要なことなら、本当にやっていけないだろうし、本当は必要なことじゃないのなら、学ばなくてもいいんだ。

 

○レギーナ(生徒 20才 ブルービン・サドベリー・デモクラティック・センター・オブ・ラーニング)

 サドベリーの生徒たちは学校で教わるような化学や生物学みたいなことを学ばないから幅広い知識がないってよく言われるわ。でも普通の学校の子どもよりもサドベリーの人たちは幅広い知識を持っているわ。だってサドベリーの生徒たちは神や世界について自由に語り合えるし、どんなことだって遅かれ早かれ話の話題に上るもの。だからどんなことだって知っているの。

 

○マイケル・サピーア(生徒 16歳 エルサレム・デモクラティック・スクール)

 人は他人とのおしゃべりからたくさんのことを学ぶんだ。それは、昔からの学校制度が一番認めない学び方だけれど。従来の学校の制度では授業中に友達としゃべっていたら罰せられるよね。でもおしゃべりは情報を人に伝えたり人から知識を得たりする最も基本的な方法なんだ。読書と同じようにね。読書だって普通の学校で授業中にするのは禁じられているけど。でもサドベリーでは読みたいときにたくさん読めるんだ。

 

○ケリー・サピーア(生徒 14歳 エルサレム・デモクラティック・スクール)

 友達やスタッフと一緒に座っておしゃべりして学ぶっていうのはとても現実的な学びなの。彼らは私たちよりもここに長くいて、いろんなことを知っているわ。「ねぇ、歴史や哲学について知りたい?面白いこと聞いたんだ。面白いもの読んだんだ」。そうやってお互いに尊敬し合える人と一緒にいて何かを学ぶの。

 

○キャシー・ブラッドフォード(10才、生徒、プレイン・セイジ・サドベリー・スクール)

 サドベリーについて私が人に説明すると、「でもそれじゃ君は何にも学べないじゃない!」って言われるの。だから私は繰り返し説明するんだけど、でも彼らは私がサドベリーでは自分ができることを追求できるんだってことが理解できないの。

 もし私が自分が何をしたいのか分からないなら、自分は何をしたいのだろう?って考えるし、それでもまだ分からないなら、他のことをしてみるわ。そうやって自分のしたいことを追及するんだけど、友達なんかは「そんなの意味ないよ」って言うの。その彼らにサドベリーについて説明するのは難しいわ。だって彼らには分からないから。

 

○ケリー・サピーア(生徒 14歳 エルサレム・デモクラティック・スクール)

 5、6才からここにいる子たちはチャレンジが好きなんだってことを私たちは知ったわ。既存の学校に6、7、8年もいる年上の子どもたちと違ってね。そういった既存の学校の子たちはラクな道を選ぼうとするんだけど、サドベリーの小さい子たちはチャレンジすることが大好きなの。この子たちはすべての経験から学びたがってるし、それこそあの子たちが求めていることなの。彼らは他人に答えを教えて欲しいと思ってないし、自分で答えを得ることができの。自分で分かりたがっている。だってその方が自分たちにとっていいことだから。でも普通の学校制度は子どもがしたくないことを強制してそんな機会を奪ってしまうの。

 

○マイケル・サピーア(生徒 16歳 エルサレム・デモクラティック・スクール)

 知りたいことを得るために人は学ぶものだし、その動きは止まらないよね。

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