A Graduate Says

サドベリーバレースクールの卒業生のことば(日本語訳)

 

 私は "教育を受ける" ということについて本当に考えたことがなかった。何か人工的に "教育を受ける" という考え方を私は理解できなかった。私が考えていたのは、この世界に生きていていろんなことをやっていれば毎日何かを学んで、ちょっとずつ賢くなっているということだ。だんだん馬鹿になっていくなんてことは、自分の脳の中に蓄えていた知識を消していくということ以外にあり得ないと思っていた。

 

 ある日、何かについて誰かと話す。そして次の日は違うことについて違う誰かと話す。そうやってだんだんといろいろなことを結局のところ全部カバーして、様々な知識を学んでいくと思う。

 

 サドベリーバレースクールに見学に来た人がよく「どんな授業を受けているの?」と尋ねてきた。
 「授業? そんなの受けてないよ。見て分かるでしょ! 教室なんてないんだから。」と答えると、「じゃあ、今日は何を学んだの?」と聞く。

 

 そんなふうに聞かれると、いつも私たちは「何を学んだかだって? 何を言ってるんだろう、この人!」と思っていた。
 そんな "今日学ぶこと" というのがあって、それで図書館に行って、それを学ぶ。
 "学び" はそんなものではないはずだ。私たちは科目から科目なんて学びではないんだ。いろいろな人といろいろなことを話しているし・・。そういった会話の中からこういったもの、ああいったものを学ぶというような、もっと有機的にオーガニックな方法で学んでいるんだ。

 

 私たちはいろいろなことをやって、そのやることの中から少しずつこういうことなんだ、ああいうことなんだと分かっていって、そして「あーあ、こういうことだったんだ」と1つの全体像をつかんでいく。だから時間のかかることだし、自分がその知識をどの辺で、どうやって得たかなんていうことはもう忘れちゃったよ。

 

 何かを学んだっていうとき、様々な形で学んできたってことが分かるはずだ。本から学ぶこともあるし、人から学ぶこともあるし、自分の経験から引き出すときもある。
 その事を自分は身につけたって思うけど、それをどうやって身につけ学んだかなんて、そんなことは分からない。

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